<発表のポイント>
・ムスカリン性アセチルコリン受容体(mAChR)は、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)と同様、シナプス伝達の長期増強(LTP)及び長期抑制(LTD)を誘導しますが、その分子機構は未解明でした。
・先行研究において、NMDAR依存のLTP及びLTDを誘導するAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)の輸送機構を提案し、その妥当性をシミュレーション実験で実証しました。
・本研究では、mAChR依存LTP及びLTD誘導がシミュレーション実験で再現できることを示し、その際NMDARと共通のAMPAR輸送機構を利用できることを明らかにしました。
・加齢に伴うシナプス内AMPAR量の減少が、LTPの減弱及びLTDの増強を導くことを見出しました。
このシナプス伝達の低下は、アルツハイマー病発症へと至るシナプス喪失の要因の1つと考えられます。


◆概 要
 学習と記憶を司るNMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)と同様に、ムスカリン性アセチルコリン受容体(mAChR)は、海馬興奮性ニューロンにおけるシナプス伝達の長期増強(LTP)及び長期抑制(LTD)を誘導することが知られています。しかしながら、その分子機構は未解明でした。

 国立大学法人岡山大学(本部:岡山市北区、学長:槇野博史)異分野基礎科学研究所の墨智成准教授と豊橋技術科学大学IT活用教育センターの原田耕治准教授は、先行研究において、NMDARからのCa2+流入により駆動されるAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)の輸送機構を提案し、そのモデルシミュレーション実験により、LTP及びLTDが誘導されることを示し、提案機構の妥当性を実証しました。本研究では、このモデルにmAChRの活性化に伴うCa2+流入を考慮し、mAChRに依存したLTP及びLTDが誘導されることを明らかにしました。

 両者の主な違いは、NMDARではその活性化に伴い細胞外Ca2+イオンが樹状突起スパイン内に流入するのに対し、mAChRでは小胞体内に蓄えられている細胞内Ca2+イオンがmAChRの活性化に伴いスパイン細胞質に放出される点です。一方、Ca2+シグナルによって駆動されるAMPAR輸送機構については両者で共有できており、NMDAR及びmAChRに特徴的なLTP及びLTD誘導は、Ca2+シグナル強度の時間変化の違いに起因することを、シミュレーション実験によって実証しました。

 一般に高齢者では、樹状突起スパイン内のAMPAR量が減少することが知られています。そこで、通常より樹状突起スパイン内のAMPAR量を減らした「加齢」条件でシナプス可塑性のシミュレーション実験をしたところ、減らす前と比較してLTDは増強し、LTPは減弱することを見出しました。これはすなわち樹状突起スパイン内のAMPAR数が減少すると、減少前よりシナプス伝達が低下すること意味しており、アルツハイマー病の原因となるシナプス喪失を導く要因となる可能性が示唆されました。

 本研究による知見は今後、アルツハイマー型認知症の新たな予防法及び治療法の開発へ繋がってゆくことが期待されます。

 本研究は2023年2月3日  、Cell Press社の「iScience」にオンライン掲載されました。


◆墨智成准教授と原田耕治准教授からのひとこと
 NMDARに依存したLTP/LTD誘導を統一的に再現するAMPAR輸送機構を、2020年に発表しました。海馬興奮性ニューロンではNMDAR 以外にも、mAChRによるLTP/LTD誘導が知られており、両者の相違点及び共通点に関心がありました。
 アセチルコリンによるmAChRの活性化に伴い、小胞体内Ca2+イオンが樹状突起スパインに放出されるモデルを作成し、AMPAR輸送機構に組み込んだモデルシミュレーションの結果、mAChRによって誘導される特徴的なLTP及びLTDを再現できた時は、とても嬉しかったです。
 私共が提案したAMPAR輸送機構は徐々に認知されつつありますが、本研究の結果は、その妥当性を支持する新たな証拠になると言えます。


岡山大学異分野基礎科学研究所の墨智成准教授と豊橋技術科学大学の原田耕治准教授(右)岡山大学異分野基礎科学研究所の墨智成准教授と豊橋技術科学大学の原田耕治准教授(右)

◆論文情報
 論文名:Muscarinic acetylcholine receptor-dependent and NMDA receptor-dependent LTP and LTD share the common AMPAR trafficking pathway
 掲載誌:iScience
 著 者:Tomonari Sumi, Kouji Harada
 D O I: 10.1016/j.isci.2023.106133
 U R L: https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(23)00210-9


◆研究資金
 本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP20K05431, JP22H01888, JP22K12245)の助成を受け実施しました。


◆詳しいプレスリリースについて
 ムスカリン受容体依存シナプス可塑性の仕組みとアルツハイマー病との関係〜学習と記憶を司るNMDA受容体依存シナプス可塑性との統一的理解〜
 https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press_r4/press20230222-1.pdf


◆参 考
・岡山大学異分野基礎科学研究所(RIIS)
 http://www.riis.okayama-u.ac.jp/
・豊橋技術科学大学IT活用教育センター
 https://cite.tut.ac.jp/


◆参考情報
・【岡山大学】新型コロナ後遺症の原因とされる宿主内持続感染は起きるのか 〜全身性感染と不十分な免疫応答は持続感染のリスク要因に〜
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000778.000072793.html
・【岡山大学】最終普遍共通祖先LUCAの炭素代謝経路を支配する新たな速度論的仮説 〜速度論的競合が生み出す炭素代謝経路の多様性〜
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000306.000072793.html
・【岡山大学】水はタンパク質の立体構造を不安定化する ~長年信じられてきたタンパク質変性メカニズムの見直しへ~
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000249.000072793.html
・アザラシの海洋適応に伴うタンパク質進化のしくみを解明
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000233.000072793.html


◆本件お問い合わせ先
 岡山大学異分野基礎科学研究所 准教授 墨 智成
 〒700-8530 岡山県岡山市北区津島中3-1-1 岡山大学津島キャンパス
 TEL:
 http://www.cc.okayama-u.ac.jp/~sumi/index.html

 豊橋技術科学大学 IT活用教育センター 准教授 原田耕治
 〒441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1
 https://cite.tut.ac.jp/

<岡山大学の産学官連携などに関するお問い合わせ先>
 岡山大学研究推進機構 産学官連携本部
 〒700-8530 岡山県岡山市北区津島中1-1-1 岡山大学津島キャンパス 本部棟1階
 TEL:
 E-mail:sangaku◎okayama-u.ac.jp
     ※ ◎を@に置き換えて下さい
 https://www.orsd.okayama-u.ac.jp/

 岡山大学メディア「OTD」(アプリ):https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000072793.html
 岡山大学メディア「OTD」(ウェブ):https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000215.000072793.html
 岡山大学SDGsホームページ:https://sdgs.okayama-u.ac.jp/
 岡山大学Image Movie (YouTube):

 「岡大TV」(YouTube):https://www.youtube.com/channel/UCi4hPHf_jZ1FXqJfsacUqaw
 産学共創活動「岡山大学オープンイノベーションチャレンジ」2023年3月  期共創活動パートナー募集中:
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001259.000072793.html

 岡山大学『THEインパクトランキング2021』総合ランキング 世界トップ200位以内、国内同列1位!!
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000070.000072793.html
 岡山大学『大学ブランド・イメージ調査2021~2022』「SDGsに積極的な大学」中国・四国1位!!
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000373.000072793.html
 岡山大学『企業の人事担当者から見た大学イメージ調査2022年度版』中国・四国1位!!
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000122.000072793.html

国立大学法人岡山大学は、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を支援しています。また、政府の第1回「ジャパンSDGsアワード」特別賞を受賞しています